大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)72号 判決

原告 株式会社福砂屋

被告 有限会社ふくさや

主文

昭和三四年審判第一〇五号事件について、特許庁が昭和三五年六月二八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのとおり述べた。

一、(1)、被告は、漢字で「福茶屋」の文字を縦書にし、その右側に平仮名で「ふくぢやや」の文字を振り仮名を施したように記載して構成された旧第四三類菓子及び麺麭の類を指定商品とする登録商標第四五三六八一号(以下、本件登録商標という。)の商標権者であり、原告は、漢字で「福砂屋」の文字を縦書にして構成され、同一商品を指定商品とする登録商標第四〇八二九七号(以下、引用登録商標甲という。)、並びに、ローマ字で「FUKUSAYA」の文字を横書にして構成され同一商品を指定商品とする登録商標第四二七〇七二号(以下、引用登録商標乙という。また、甲乙両者を単に引用登録商標という。)の商標権者である。

(2)、しかるに、被告は、商品カステラの包装箱に本件登録商標の振り仮名を省除して漢字のみで「福茶屋」と表示し、なお、ローマ字で「FUKUSAYA」と附記した標章を附してこれを使用したが(甲第二号証、特許庁昭和三四年審判第一〇五号事件の甲第三号証と同じ。)、右は商標権者が故意に登録商標に商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのある附記、変更をして使用した場合に該当するので、旧商標法(大正一〇年法律第九九号、以下同じ。)第一五条第一項に照し本件登録商標は取り消されるべきものである。

(3)、よつて、原告は、昭和三四年三月七日特許庁に対し本件登録商標の登録の取消審判を請求したが(昭和三四年審判第一〇五号事件)、同三五年六月二八日右審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、その謄本は同年七月一六日原告に送達された。

二、審決は、被告の行為は旧商標法第一五条第一項にいわゆる商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのある附記、変更に当らないものとするのであるが、その理由として、つぎのように説示している。すなわち、「該標章中「福茶屋」の文字の部分からは、「フクチヤヤ」の称呼を生ずるものであると認められる。すなわち、大晦日、正月又は節分等に際して縁起を祝つて飲む「福茶」(フクチヤ)というものがあることは、当庁において顕著な事実であり、「茶屋」という文字の表示は、「チヤヤ」と称呼するのが自然であること等をあわせ考えれば、上述のように解するのが相当である。次に「FUKUSAYA」及びその下方右寄りに表記された「& CO., LTD.」の文字は、被請求人の商号を表示したにすぎないものと謂える。商号をローマ字で書く場合に、甲第三号証に示されたように表示することは、普通に使用されている態様であると認められるからである。したがつて、仮令甲第三号証に示す標章中「福茶屋」の文字の部分が本件登録商標に変更を加えたものとしても、商品の誤認又は混同を生ずる虞のある附記変更を加えたものとは解されない。」というのである。

三、しかしながら、審決は左の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)、被告の行為は、本件登録商標に附記、変更をしたものである。

(1)、本件登録商標から振り仮名「ふくぢやや」を省除することは、商標の変更に当る。原告が権利者たる引用登録商標は、いずれも「フクサヤ」の称呼を有するものとして先登録されている。しかるに、本件登録商標が登録されたのは、漢字「福茶屋」と仮名文字「ふくぢやや」が一体的に構成されて「フクヂヤヤ」と称呼されるので、右先登録商標と非類似のものと認定されたためであると推察される。すなわち、単に漢字のみで「福茶屋」と表示すれば、「フクヂヤヤ」なる称呼は一般的に生じないから、振り仮名「ふくぢやや」の記載は看過することのできないものであつて、それは本件登録商標の必須的構成要素であり、したがつて、本件登録商標から振り仮名「ふくぢやや」を省除して漢字のみで「福茶屋」と表示することは、登録商標の変更に当る。

(2)、本件包装箱に表示された「FUKUSAYA」の記載は、商標に附記した場合に当る。右「FUKUSAYA」のローマ字はその下に「& CO., LTD.」と記載あれているけれども、一字が前者は後者の約二・五倍の大きさで表記され、「FUKUSAYA」の文字のみ顕著に認識できること、及び、表現位置態様からみて「FUKUSAYA」の記載は「福茶屋」の表示とあいまつて標章と認識されるのである。審決は、「FUKUSAYA」及び「& CO., LTD.」は、被告の商号を表示したにすぎないと判断しているけれども、商号であるか標章であるかの認定は単に「& CO., LTD.」の文字の有無によつて決することはできない。すなわち、文字、図形若しくは記号、若しくはこれらの結合又はこれと色彩との結合であれば、標章を構成するのであつて、前示のように「FUKUSAYA」の文字は極めて顕著に表示されているのであるから、これもまた標章の使用と認めるべきものでなり、これを単に商号であると認定するいわれはない。元来、商品菓子においては商標は商号として使用する場合が通例であり、また、商号を商標として認識される場合も通例であつて、商号といえども商品に使用した限りにおいては商標としての作用をいとなむものである。このことは、特許庁の登録例において株式会社、有限会社等の文字を有する文字が商標として登録されていることからみても明らかである。しかも、被告の商号は「有限会社ふくさや」であるから、このような一連表示にあつてこそ商号というべきであつて、右「FUKUSAYA」の表示は、附記の態様とみるべきである。要するに、「FUKUSAYA」の附記は「福茶屋」の表示とあいまつて標章を顕出したものである。

(二)、右附記、変更は、商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれがある。

(1)、本件登録商標は漢字「福茶屋」に振り仮名「ふくぢやや」を附しこれを一体となした商標であるから、商標より生ずる称呼は、「フクヂヤヤ」であつて、「フクチヤヤ」、「フクサヤ」の称呼はない。しかるに、本件登録商標中振り仮名を省除すれば、「フクサヤ」の称呼を生ずる。なんとなれば、観念的にいつても、「茶」は「サ」と呼ぶのが通常であつて、「喫茶店」(キツサテン)の例を引くまでもないところであり、原告宛葉書に「福砂屋」を「福茶屋」と誤記した事例(本件甲第三号証の一、二)があることからしても明瞭といえるであろう。この点につき、審決は、「福茶屋」の三字が一連不可分の態様に書かれているにかかわらず、その構成を無視してことさらに「福茶」と「茶屋」とに分離して称呼を観念的に定め、「福茶屋」は「フクチヤヤ」の称呼を生ずるものとしているけれども、本来全体として一個の商標を分離することは不可能の事柄に属し、誤つた観察方法を採つたと評さねばならない。

また、被告は本件登録商標中振り仮名を省除したのみならず前記のように「FUKUSAYA」と附記したが、これは明らかに「フクサヤ」と読むことができるので、これとの関連において「福茶屋」が「フクサヤ」と称呼される一つの根拠を提している。

なお、本件包装箱を一見して明らかなように、その表面記載の「長崎加寿てい羅」の文字の肩書に「福茶屋の」と表記して商号の使用らしくし、また、裏面記載の「福茶屋」の文字の下方に店舗所在地並びに電話番号を表示して「福茶屋」は商号であるかのようにさせて、商号「ふくさや」すなわち「福茶屋」なることを明瞭にさせているから、右構成からして、附記、変更にかかる標章中の漢字「福茶屋」より「フクサヤ」の称呼が生ずる。

したがつて、被告の附記、変更にかかる標章は、「フクサヤ」の称呼を有し、引用登録商標と称呼を同じくするので、商品の誤認、混同を生ずるおそれがある。

(2)、原告は、昭和二八年四月から東京都港区赤坂一ツ木町六八番地に東京支店を設置したが(個人営業時代に同二七年五月にすでに開店していた。)、引用登録商標は極めて著名であり、永年「フクサヤ」のカステラとして需要者に知れわたつていた関係もあつて、東京都内においても極めて大きな販売実績を挙げている。また、取引に便ならしめるため電話番号も二九三八番(フクサヤ)(局番四八一局―東京支店赤坂、二八一局―東京名店街店舗、五一七局―西銀座店舗)を用いている。したがつて、「フクサヤ」といえば直ちに原告を想起するのが実状であり、このような実状下にあつて被告が「福茶屋」なる標章を用いている結果、前記のように原告宛葉書に宛名を誤記された事例があり、電話取引に際しても原告と被告との誤認が生じ困惑しているのである。このように、被告の附記、変更にかかる標章の使用は原告の商品との間に商品の誤認、混同を生ぜしめており、この誤認、混同は、原告が全国的に著名であるためその度合も非常に大きい。

(三)、被告は、本件登録商標に商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのある附記、変更をしてこれを使用したが、右所為は被告の故意に基くものである。

被告は、本件包装箱に前記のような態様にて附記、変更にかかる標章を顕出して「フクサヤ」と称呼せざるをえないような構成をとつたのみでなく、他の包装紙、菓子箱(検甲第一ないし第三号証)にも漢字で「福茶屋」と表示しているが、他に自他商品を識別する標章のない以上この場合は「福茶屋」は商標として使用されたものとみることができるのであり、他方店頭の広告(甲第九号証の一、二)に「福茶屋」と表示しているがこれは商号の意味で使用されているとみられるので、これら一連の事情からして明らかなように「福茶屋」の文字は商号「ふくさや」と関連ずけて「フクサヤ」と称呼させる目的をもつてこのような使用態様を行つたものとみられるのである。したがつて、本件登録商標に前示の附記、変更をなしたのは、「フクサヤ」と称呼されることを企図し故意に登録商標に附記、変更を加えていることは明白である。しかるところ、被告代表者成瀬博は、昭和二七年中に当時の商標権者殿村史郎に対し商標「ふくさや」若しくは右と類似の商標を使用しない旨確約証(甲第七号証)を差し入れていることでもあるから、おそくとも当時原告がカステラで著名な店舗であり商標「福砂屋」が商品カステラで著名であることを十分知つたのにかかわらず、その後カステラの製造販売を始め、右確約に反して本件附記、変更にかかる標章をあえて使用したものであるから、本件所為は故意に登録商標に商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのある附記、変更をしてこれを使用したものであることは明らかである。

(四)、たとえ、審決のいうように、「福茶屋」の記載が「フクチヤヤ」とのみ称呼されるものとしても、本件登録商標中振り仮名を省除した結果、引用登録商標の称呼「フクサヤ」と称呼上類似するように変更したものであるから、登録商標に商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのある変更を加えたものというべきである。

四、よつて、原告は、本件審決の取消を求めるため本訴に及んだ。

第三、被告の答弁

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張に対しつぎのとおり述べた。

一、原告の請求原因事実中一の(1)、(3)及び二の事実、並びに、被告が原告主張と同一のカステラ包装箱を昭和三一年末に小量使用した事実は、いずれもこれを認める。

二、(一)、被告の行為は、本件登録商標に附記、変更をした場合に当らない。

(1)、本件登録商標は、漢字「福茶屋」と振り仮名「ふくぢやや」との合成よりなる商標であるが、かかる商標の使用にあたつて漢字部分のみを使用し、また、振り仮名部分のみを使用することは、多々事例が存し、本件登録商標中振り仮名を省除して漢字「福茶屋」のみの標章としてこれを使用しても、登録商標に変更を加えて使用した場合に当らない。

(2)、原告は、本件包装箱表示の「FUKUSAYA & CO., LTD.」は「福茶屋」の表示とあいまつて標章と認識されると主張する。しかし、右「福茶屋」の文字は箱の表面または背面に記載されているのに対し、右「FUKUSAYA & CO., LTD.」は箱の下底に書かれたものであつて、その記載は被告の商号を一般業界でなされている方式に従い英文化したにとどまり、本件登録商標に附記を加えたものではない。

(二)、原告は、右附記、変更は商品の誤認、混同を生ずるおそれがあるというが、そのおそれはない。

(1)、審決は、「福茶屋」の標章を判断するに際し原告の非難するごとくこれを分離して判断しているのではない。なぜならば、「福茶屋」の称呼を求めるため根拠を探求するとすれば、普通に呼ばれている文字を基準としてなすべきであろう。そうすると、従前極めて普通に知られまた極めて普通に呼ばれている「福茶」(フクチヤ)及び「茶屋」(チヤヤ)を基として「福茶屋」はこれを「フクチヤヤ」と称呼するのが妥当であるとの見解のもとに、審決は、「福茶屋」の標章より自然に発する称呼を求めているのである。つまり、極めて普通に知られ極めて普通に呼ばれている事柄を単に判断資料にしたにすぎないのであり、原告の言うように分離して判断したものではなく、「福茶屋」自体に対しては独立一連のものとして「フクチヤヤ」の称呼を生ずるものとしているのである。まさに正当の見解というべきである。

さらに、もし本件登録商標が商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれがあるものとすれば、換言すれば、引用登録商標との間に関連を生ずるものとすれば、旧商標法第二条第一項第一一号に該当するとして審査時に拒絶査定を受けて登録されなかつた筈であり、これによつても本件登録商標「福茶屋(ふくぢやや)」はもとより「福茶屋」も引用登録商標と明確に区別できるものであることは明らかである。

なお、原告は、本件包装箱表示の「FUKUSAYA & CO., LTD.」は「福茶屋」を「フクサヤ」と称呼する根拠ともなつている旨主張するが、右包装箱を一見して明らかなとおり、一般取引者の注意は箱の表面または背面に大書された「福茶屋」の文字に集中され、箱の下底に書かれた「FUKUSAYA & CO., LTD.」の文字は「福茶屋」を「フクサヤ」と称呼する根拠とならない。

(2)、原告は、引用登録商標は著名周知のものであると主張するけれども、九州地区にてはいざ知らず、こと東京地区に関する限り原告が昭和二八年四月東京支店を設置するまでその製品は都内では全く販売されておらず決して著名周知のものではなかつた。原告は、原告宛葉書の宛名に誤記された事例もあると言うのであるが、仮に、原告側においてそのような間違いがあつたとすれば、当然被告側においても同様の間違いを生じた筈であるのに、今日までそのようなことは一度も生じていない。しかも、原告主張のように宛名を記載することは話合で如何ようにもできることであろう。

ちなみに、被告代表者成瀬博は昭和二三年に東京都渋谷区公会堂前通りに店舗を設け、屋号をふくさやと称し、ついで、翌二四年に阿佐ケ谷駅前にふくさや売店を開店し、その後、被告肩書地に移り、同二六年二月六日東京法務局芝出張所に登記して被告会社を設立し、その間平穏に和洋菓子製造販売及び喫茶店を経営してきた。ところが、同二七年四月に原告代理人鈴江弁理士から呼出を受け、貴方使用の屋号は長崎の福砂屋所有の商標権に牴触するから即時使用を中止されたい旨申入を受け、その際書類に署名押印を求められたが、成瀬博は、専門家の言であるから間違いないであろうと内容につき十分検討理解をしないで署名指印し、後日押印したのが甲第七号証である。その後、被告は専門家に相談し、被告でお茶用菓子を製造販売しているところから縁起も考え、本件登録商標のほか、平仮名文字で「ふくぢやや」と縦書にして構成された右と同一商品を指定商品とする登録商標第四三二六三〇号の各商標登録出願をなしこれが登録を受けて使用していたところ、原告は、被告会社が前示のように登記されていることを知りながら、昭和二八年四月同一業種に関し同一管内に原告東京支店を登記し、被告が本件登録商標を使用することに対しても苦情を申し立て本件の争となつたものである。本店が長崎市に所在するのに東京支店を設置する場合、ことさら同一管内にこれを定める必要があろうか。この経過から明らかなように、原告の言うように有限会社ふくさやと株式会社福砂屋とが互に誤認、混同するとすれば、責任は挙げて原告に存するということができる。

(三)、被告に故意はなかつた。

以上により明らかなとおり、被告は、本件包装箱の標章が商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのあることを知らなかつたものであるし、また、本件包装箱は、昭和三一年の年末繁忙時に約二三〇枚印刷したが、誤つた印刷であつたため使用を中止していたのに、繁忙時になんらかの手違いにより小量使用されたものであつて、これが使用に故意はなかつた。

(四)、原告は、「福茶屋」が仮に「フクチヤヤ」と称呼されるとしても引用登録商標の類似範囲に属すると主張しているが、これは本件と関係のない事項である。

三、よつて、審決に非違はない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告の請求原因事実中一の(1)、(3)及び二の事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第四ないし第六号証、乙第四号証によると、引用登録商標甲は、昭和二五年一一月二七日登録出願、同二七年二月一四日登録され、引用登録商標乙は、同二七年四月一一日登録出願、同二八年六月二四日登録されたものであり、本件登録商標は、同二八年三月一四日登録出願、同二九年一〇月一九日登録されたものであり、いずれも旧第四三類菓子及び麺麭の類を指定商品とするものであることを肯認できる。しかして、被告が後記認定のような本件包装箱を昭和三一年末に小量使用したことがあることは、自ら認めるところであり、その他被告が同三四年二月下旬頃並びに同年五月二二日に同一の包装箱を使用したことがあることは、被告において被告の使用するものであることを認める甲第二号証並びに検甲第五号証の一、二と証人川平忠、同田村弘明の各証言によつてこれを認めることができる。

二、右甲第二号証によると、本件包装箱は、別紙記載のとおりでおおよそ左のような態様を示していることが認められる。

すなわち、商品カステラの包装箱と認められる紙箱であつて、表面には、中央部に漢字と変体仮名で「長崎加寿てい羅」の文字を縦書きし、該文字中「長崎」の文字の右側に若干図案化し書体で「福茶屋の」の文字をやや小さく縦書きし、表面下方には円に小さな葉を三枚附けたような図形を描きその中に「福」の文字を配し、さらに、その下方に「福茶屋」の文字を若干図案化した書体で左横書きしてある。そして、左右両側面に当る部分には、それぞれ「CASTELLA」の文字をゴシツク体風の書体で大きく横書きし、上下両側面部分には、それぞれ「FUKUSA-YA」の文字を大きくゴシツク体風の書体で横書きしたものの下方右寄りに「& CO., LTD.」の記号及び文字を小さくゴシツク体風の書体で横書きしたものを表わしてある。また、裏面に当る部分には、中央上部に表面下方に描いてあるのと同じ図形を表わし、その下方に「福茶屋」の文字を若干図案化した書体で縦書きし、その下方には店名、所在地、電話番号を記載してある。

三、(一)、まず、右包装箱に顕出された標章が旧商標法第一五条第一項に照し本件登録商標に附記、変更をした場合に当るかどうかを検討するに、右認定のとおり本件包装箱には、表面及び裏面に漢字「福茶屋」が三個表示されている。原告は、本件登録商標の振り仮名「ふくぢやや」を省除して漢字のみの標章とすることは商標の変更に当る旨主張し、被告は、漢字と振り仮名文字の合成よりなる商標中振り仮名文字を省除しても変更を加えたということはできない旨主張するが、漢字と振り仮名文字の合成よりなる商標中振り仮名文字を省除することも登録商標の外観に相違をきたすのであるから、これも変更の一態様であることはもとよりである。(なお原告は、右包装箱上下両側面になされた「FUKUSAYA」の記載が、商標に附記した場合に該当する旨主張するが、この点に対する判断は、しばらく措く。)

(二)、つぎに、本件登録商標から振り仮名「ふくぢやや」を省除して漢字「福茶屋」のみよりなる標章に変更して使用した場合商品の誤認、混同を生ずるおそれがあるかどうか審究することとする。

(1)  本件登録商標「福茶屋(ふくぢやや)」から「フクヂヤヤ」の称呼を生ずることは疑いないところであり、従つてたといこれから振り仮名「ふくぢやや」を省略し「福茶屋」のみとした場合も、これを同様に「フクヂヤヤ」または単に「フクチヤヤ」と呼ぶ人も少なくないことは疑いない。しかしながら、「茶」の文字は「チヤ」と発音される外に、「サ」と発音され、また一面商人がその商号の全部または要部をそのまゝ商標として使用する事例も決して稀ではないから、右標章「福茶屋」を使用する者の商号が「有限会社ふくさや」であり、ことにこれを記載したと同一包装箱に、極めて顕著に「FUKUSAYA & CO., LTD.」と記載されている以上、右標章を該包装箱上にみた人は、むしろこれを「フクサヤ」と読み、呼ぶ人が多いものと解せられる。してみれば、右標章「福茶屋」は「フクサヤ」の称呼をも有するものと判断される。

しかるところ、引用登録商標が「フクサヤ」の称呼を有することは明らかであるから、被告が本件登録商標を変更した標章「福茶屋」は、引用登録商標と称呼を同一にし、類似するものといわねばならない。

なお、被告は、本件登録商標が引用登録商標の存在にもかかわらず登録されたことからして「福茶屋(ふくぢやや)」ひいて「福茶屋」は引用登録商標と非類似の商標と判定されるべきものである旨主張するけれども、引用登録商標の登録後本件登録商標が登録になつたからといつて、右認定を左右するに足りないことは明らかである。(ことに本件登録商標は「ふくぢやや」との振り仮名が構成の要素となつていることに留意しなければならない。)

(2)  成立に争のない甲第八号証、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一、二と証人川平忠の証言によると、福砂屋は江戸時代の創業にかかり古くから長崎において商品カステラの製造販売業によつて知られ、爾来連綿として継続し、原告代表者殿村史郎の個人営業時代を経て昭和二八年四月原告会社が設立されたこと、引用登録商標甲は商品カステラにおいて著名であつたこと、及び、東京においては昭和二七年五月殿村史郎個人営業時代に港区赤坂一ツ木町六八番地に開店し、翌二八年四月同所に原告会社東京支店が設けられたものであるので、おそくとも本件標章の使用された昭和三一年末頃までには引用登録商標甲は東京において需要者、取引者間に著しく著名となつたことが認められる。証人赤荻武雄の証言中右認定に反する部分は措信しない。なお、引用登録商標乙が著名であつた事実はこれを認めるに足る証拠はない。

しかるところ、本件登録商標と引用登録商標甲とはこれを使用する商品を同じくするから、本件登録商標を本件標章に変更使用するときは、右引用登録商標甲とまぎらわしく、ひいて需要者、取引者において商品の出所につき誤認、混同を生ずるおそれがあるものと認めるに十分である。

(三)、よつて、被告の所為が故意に基くものかどうか検討する。

成立に争のない甲第七、第一四号証、乙第二号証と被告代表者本人尋問の結果によれば、被告代表者成瀬博はかねて菓子製造販売業を営んでいたが、昭和二六年二月被告会社を設立し、同二八年頃からカステラの製造販売も始めたこと、これより先昭和二七年四月に、成瀬博は、後に原告代表者となつた殿村史郎の代理人弁理士鈴江武彦を通じて殿村史郎が引用登録商標甲すなわち「福砂屋」の商標を有する旨指摘を受け、商標ふくさやと同一若しくは類似の商標を使用しない旨確約証を殿村史郎宛に差し入れたことがあることを認めることができるから、この事実と前段認定の各事実によれば、昭和三一年末以降に本件包装箱を作製使用した当時、被告代表者成瀬博は、原告が引用登録商標甲の権利者であり、かつこれが需要者取引者の間において著名であることを知つていたことを肯認できる。しかるところ、本件包装箱に顕出された標章「福茶屋」が商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのある態様を備えているものであること前示のとおりであるとすれば、被告においては、商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのあることを認識しながら、あえて本件登録商標に変更を加えてこれを使用したものと推認するのが相当であり、右推認を覆すに足る証拠は存在しない。されば、被告の所為は故意に基くものといわねばならない。

四、以上のとおりであるから、被告は故意に本件登録商標に商品の誤認、混同を生ぜしめるおそれのある変更をなしてこれを使用したものというべきである。被告は、原告が被告会社所在地と同一管内に東京支店を設置したことを非難するけれども、これは被告の所為を正当化するものではない。

五、されば、原告の主張する附記使用の点につき判断するまでもなく、本件登録商標は旧商標法第一五条第一項に則つて取り消さるべきものであり、右と判断を異にした審決は違法であるから取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)

図〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例